僕の名は、、、
やっと、新海誠監督の「君の名は」を見てまいりました。 見て思ったことは、自分の中のたくさんの感情が動いたなと感じました。まさにエンターテイメント。感動、嫉妬、ハラハラドキドキなどひとつの映画でここまで揺さぶられたのが初めてなのではないでしょうか
よく自分ってどーなりたいだろうかって考えるのですが、とーぜんカッコよくなりたいとか、人として素晴らしい人になりたいとか思ってます。
ただ、それ以前に僕は「表現者」でいたいと思いました。これは、いわゆるアーティストと呼ばれる人たちであるかもしれませんが、決して役者とか俳優だけを指す言葉だけではないと思います。
なんでかというと、私たちって名前はたしかにありますがそれは”タダの名前”でしかありません。この世に、1人の人間として生まれてそこに名前がつけられただけの事でしかないのです。 なら、自分ってどーやって生きていけばいいのだろうと思った時、自分らしく生きていこうと思ったのです。でも実際は、自分ってどーゆー人なのかなかなか自分で理解するのは難しいし、思ったように行動しても相手には違ったように受け取られることもあります。
僕は、いつからだろうか。自分のすべてをさらけ出すのを恐れてきました。なぜなら、すべてを出した時に否定されるのが怖かったから。自分の存在価値を否定されるのではないかと思ってしまうんです。
でもね、変わってきた自分がいる。 いったい、俺は誰の人生を歩んでるんだろう?って思った。自分を出せなくて、どーやって自分らしくいるんだろうって。泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑えたらどんなにいいだろうか。
「表現者」になるって、自分で自分を理解していくことなのかな。だから、自分の感情とか心の声とかに耳を傾けないと潰されちゃうんだよね。
高校3年生の頃、すげーしょーもないんだけど、お年寄りの人に席を譲ろうと思ったんだけど、おじいちゃんが前に立ってからだいぶ経ってから譲るのもなーとかタイミングをなくしちゃったとかそーゆー言い訳で譲れない自分が嫌いで嫌いで葛藤してた自分がいた。あの頃の自分が、本当に嫌いだった。
今も、すべてを出し切れていないかもしれない。でも、常に戦ってる自分がいてくれるから今、ここに「野田悠太」として存在してることを理解できてるし、自分が好きだ
だから、新海誠さんの作品をみてただただ嫉妬とリスペクトをした。もちろんいろんな映画を見ても思うのですが、なぜか心を奪われたのが彼の作品だった。アニメを舐めていた自分と、こんな切り口から作品を作るのかよって思った。 彼からしたら、もしかしたら自分をまだ表現しきれていないのかもしれない。でも、すげー新海さんって人がどんな人なのかっていうのを映画を通して理解できるなって感じました。
一生の中で一回でもいいから、自分を表現した目に見える作品というか何かを作ってみたいなって思う。そしたら、自分の生きた爪痕をこの世界に残せるし、自分の存在価値を自分で実感できるなーって思った。
この世界が、「表現者」で溢れたらきっともっと面白い世界になるんだろうな